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非正規演算子の解析

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本記事は4部構成のシリーズ「線型演算子 $\hat{A}$ を解析してみた」の第4部となります。第4部では非正規演算子を具体的に分解していきます。

前書き

本記事では非正規演算子の解析とその分解法について説明しています。非正規演算子の場合は非エルミート演算子を特定の基底に対する双対基底を用いて分解する方法をとります。これは正規演算子のときと区別して非直交スペクトル分解と呼ばれることもあります。ここでは特にQR分解という手法を用いて非正規演算子を分解する方法について詳しく解説しています。QR分解とは、線型演算子を正規直交行列と上三角行列の積に分解することで、この分解を通じて非正規演算子の特性を理解することが可能になります。

非正規演算子の解析

QR分解

演算子 $\hat{A}$ の各列ベクトル $\boldsymbol{a}_i$ を正規直交基底 $|e_i\rangle$ で

$$\begin{align*}
\boldsymbol{a}_1&=λ_1|e_1\rangle\\
\boldsymbol{a}_2&=(λ_2-λ_1)k_2^1|e_1\rangle+λ_2|e_2\rangle\\
\boldsymbol{a}_3&=(λ_3-λ_1)k_3^1|e_1\rangle+(λ_3-λ_2)k_3^2|e_2\rangle+λ_3|e_3\rangle\\
&\vdots
\end{align*}\tag{16}$$

のように表現する。この表現方法は1つの基底 $|e_1\rangle$ を1つの列ベクトル $\boldsymbol{a}_1$ に、またこれの固有値 $λ_1$ を定めることで、他の列ベクトルを連鎖的に定めることを意味する。

よって線型演算子 $\hat{A}$ は

$$\begin{align*}
\hat{A}&=
\begin{pmatrix}
\boldsymbol{a}_1 && \boldsymbol{a}_2 && \boldsymbol{a}_3 && \cdots
\end{pmatrix}\\
&=
\begin{pmatrix}
|e_1\rangle &&|e_2\rangle && |e_3\rangle && \cdots
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
λ_1 && (λ_2-λ_1)k_2^1 && (λ_3-λ_1)k_3^1 && \cdots\\
0 && λ_2 && (λ_3-λ_2)k_3^2 && \cdots\\
0 && 0 && λ_3 && \cdots\\
\vdots && \vdots && \vdots && \ddots
\end{pmatrix}\\
&=\hat{Q}\hat{R}
\end{align*} \tag{17}$$

のように書き表される。(17)式のように線型演算子を $\hat{A}=\hat{Q}\hat{R}$ と分解することを一般にQR分解と言う。

この分解によって線型演算子 $\hat{A}$ に特有の上三角行列

$$\hat{R}=\begin{pmatrix}
λ_1 && (λ_2-λ_1)k_2^1 && (λ_3-λ_1)k_3^1 && \cdots\\
0 && λ_2 && (λ_3-λ_2)k_3^2 && \cdots\\
0 && 0 && λ_3 && \cdots\\
\vdots && \vdots && \vdots && \ddots
\end{pmatrix}\tag{18}$$

が得られる。また各要素は基底 $|e_i\rangle$ との内積によって

$$\hat{R}=\begin{pmatrix}
\langle e_1|\boldsymbol{a}_1\rangle && \langle e_1|\boldsymbol{a}_2\rangle && \langle e_1|\boldsymbol{a}_3\rangle && \cdots\\
0 && \langle e_2|\boldsymbol{a}_2\rangle && \langle e_2|\boldsymbol{a}_3\rangle && \cdots\\
0 && 0 && \langle e_3|\boldsymbol{a}_3\rangle && \cdots\\
\vdots && \vdots && \vdots && \ddots
\end{pmatrix}\tag{19}$$

のように書き表される。そのため暗にグラム・シュミットの正規直交化法を用いることになった。線型演算子 $\hat{A}$ が正規演算子である場合には、適当な基底 $|e_i\rangle$ を取ることで(19)式は

$$\hat{R}=\begin{pmatrix}
λ_1 && 0 && 0 && \cdots\\
0 && λ_2 && 0 && \cdots\\
0 && 0 && λ_3 && \cdots\\
\vdots && \vdots && \vdots && \ddots
\end{pmatrix}$$

のように対角成分のみが残る。よって正規演算子 $\hat{A}$ は

$$\begin{align*}
\hat{A}&=\hat{Q}\hat{R}\\
&=\begin{pmatrix}
λ_1|e_1\rangle && λ_2|e_2\rangle && \cdots && λ_n|e_n\rangle
\end{pmatrix}\\
&=λ_1|e_1\rangle\langle e_1|+λ_2|e_2\rangle\langle e_2|+\cdots +λ_n|e_n\rangle\langle e_n|\\
&=\sum_{i=1}^rλ_{i}\hat{P}_i
\end{align*}
$$

となり、正規直交基底の条件式 $\hat{P}_i\hat{P}_j=\hat{P}_iδ_{ij}$ を満たす。よって正規演算子 $\hat{A}$ は直交スペクトル分解されることが確かめられた。

また(18)式より $\hat{R}$ の固有多項式は

$$|\hat{Q}-λ\hat{I}|=(λ-λ_1)(λ-λ_2)\cdots (λ_1-λ_n)$$

となる。

非直交スペクトル分解

ところで(16)式は

$$\begin{align*}
\boldsymbol{a}_1&=λ_1|e_1\rangle\\
λ_1k_2^1|e_1\rangle +\boldsymbol{a}_2&=λ_2(k_2^1|e_1\rangle+|e_2\rangle)\\
λ_1k_3^1|e_1\rangle+λ_2k_3^2|e_2\rangle +\boldsymbol{a}_3&=λ_3(k_3^1|e_1\rangle+k_3^2|e_2\rangle+|e_3\rangle)\\
&\vdots
\end{align*}$$

と変形でき、上の成分から順番に線型演算子を逆作用させると

$$\begin{align*}
\hat{A}|e_1\rangle &=λ_1|e_1\rangle\\
k_2^1\hat{A}|e_1\rangle +\hat{A}|e_2\rangle &=λ_2(k_2^1|e_1\rangle +|e_2\rangle)\\
k_3^1\hat{A}|e_1\rangle +k_3^2\hat{A}|e_2\rangle +\hat{A}|e_3\rangle &=λ_3(k_3^1|e_1\rangle+k_3^2|e_2\rangle+|e_3\rangle)\\
&\vdots\\
\end{align*}$$

となり、線型性により

$$\begin{align*}
\hat{A}|e_1\rangle &=λ_1|e_1\rangle\\
\hat{A}(k_2^1|e_1\rangle +|e_2\rangle) &=λ_2(k_2^1|e_1\rangle +|e_2\rangle)\\
\hat{A}(k_3^1|e_1\rangle +k_3^2|e_2\rangle +|e_3\rangle) &=λ_3(k_3^1|e_1\rangle+k_3^2|e_2\rangle+|e_3\rangle)\\
&\vdots
\end{align*}\tag{20}$$

が成り立つ。ここで

$$\begin{cases}
|f_1\rangle &=|e_1\rangle\\
|f_2\rangle &=k_2^1|e_1\rangle +|e_2\rangle\\
|f_3\rangle &=k_3^1|e_1\rangle+k_3^2|e_2\rangle+|e_3\rangle\\
&\vdots
\end{cases}$$

と置くと、(20)式は

$$\begin{align*}
\hat{A}|f_1\rangle &=λ_1|f_1\rangle\\
\hat{A}|f_2\rangle &=λ_2|f_2\rangle\\
\hat{A}|f_3\rangle &=λ_3|f_3\rangle\\
&\vdots
\end{align*}\tag{21}$$

と表現される。これは $|f_n\rangle$ が $λ_n$ の固有空間に入ることを意味する。そこで条件

$$\langle g_i|f_j\rangle =δ_{ij} (i,j=1,2,\cdots ,n)$$

を満たすような $|g_i\rangle$ を求めよう。つまりあたかも規格化直交条件を満たす $|f_i\rangle$ とそっくりな基底を探そうというのだ。具体的に $n=3$ のときには

$$\begin{align*}
|g_1\rangle &=|e_1\rangle -k_2^1|e_2\rangle +(k_2^1k_3^2-k_3^1)|e_3\rangle\\
|g_2\rangle &=|e_2\rangle -k_3^2|e_3\rangle\\
|g_3\rangle &=|e_3\rangle
\end{align*}$$

となる。この導出は実際に代入しても良いが、3次元ユークリッド空間であればクロス積を用いて

$$\begin{align*}
|g_1\rangle &=|f_2\rangle\times |f_3\rangle\\
|g_2\rangle &=|f_3\rangle\times |f_1\rangle\\
|g_3\rangle &=|f_1\rangle\times |f_2\rangle\\
\end{align*}$$

を計算することで求まる。

ここで求めた基底 $\{\langle g_1|,\langle g_2|,\langle g_3|\}$ は標準基底 $\{|f_1\rangle,|f_2\rangle,|f_3\rangle\}$ に対する双対基底と呼ばれる。

よって線型演算子 $\hat{A}$ は $n$ 次元において

$$\begin{align*}
\hat{A}&=λ_1|f_1\rangle\langle g_1|+λ_2|f_2\rangle\langle g_2|+\cdots\\
&=\sum_{i=1}^nλ_i|f_i\rangle\langle g_i|\\
&=\sum_{i=1}^n\hat{S}_i
\end{align*}$$

のように演算子 $\hat{S}_i$ で分解することができるのである。この演算子 $\hat{S}_i$ は正規直交基底の条件式

$$\hat{S}_i\hat{S}_j=\hat{S}_iδ_{ij}$$

を満たし、完全性

$$\sum_{i=1}^n\hat{S}_i=\hat{I}$$

を満たす。よって演算子 $\hat{S}_i$ は射影演算子であり、この演算子 $\hat{S}_i$ によってベクトルは分解される。ただし直交射影演算子 $\hat{P}$ とは違い、当然ながら $|f_i\rangle ^*=\langle g_i|$ とは限らないので、全ての射影演算子 $\hat{S}_i$ はエルミート演算子であるとは限らない。つまり固有値 $λ_1$ に対する各部分固有空間は互いに直交しているわけではないのだ。このことからこのように非エルミート演算子で分解することを非直交スペクトル分解と呼ぶことがある。

最後に

本シリーズでは線型演算子の性質を調べる方法として、スペクトル分解を紹介した。スペクトル分解によって線型演算子の性質を図形的にも解釈することができることを分かってもらえたら幸いである。

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