本記事は4部構成のシリーズ「線型演算子 $\hat{A}$ を解析してみた」の第1部となります。第1部では線型演算子 $\hat{A}$ の拡大率を特徴付ける固有値と固有ベクトルを考えていきます。
初回
これ。
次回
前書き
演算子はある関数に作用し、その関数を一定の規則に従って別の状態に変換します。図形的に解釈すると、大きさや方向を一定の規則に従って変化させることを意味します。この規則を求めるためには、固有値と固有ベクトルの概念が必要となります。
固有値と固有ベクトルはベクトル空間上の線型演算子(正方行列)が非零ベクトルに作用した結果、そのベクトルがスカラー倍されることを示すものです。つまり固有値を求めることで、演算子の拡大率を測定することができます。また固有値問題は、恒等演算子を用いて再定式化することができます。
さらに各固有値に対応する固有ベクトルは、その固有値の重複度に応じて複数存在することがあります。これらの固有ベクトルはそれぞれ異なる方向を表し、元のベクトル空間を張ります。
以上の議論から線型演算子の作用規則は、その固有値と固有ベクトルから決定されることがわかります。これらの概念は量子力学や線型代数学など、多くの物理学や数学の分野で重要な役割を果たしています。
固有方程式
演算子はある関数に作用する。演算子の作用を受けた関数は一定の規則の下で別の状態に変換される。図形的に解釈するのなら、大きさや方向をある一定の規則の下で変化させるということである。この規則とは一体どのようにして求められるのだろうか。
固有値と固有ベクトル
固有値と固有ベクトルはベクトルをケット $|x\rangle$ として以下のように定義される。
ベクトル空間 $V$ 上の線型演算子(正方行列) $\hat{A}$ に対して、 $|\varphi\rangle≠\boldsymbol{0}$ の下で
$$\hat{A}|\varphi\rangle=λ|\varphi\rangle \tag{1}$$
を満たす複素数 $λ$ が存在する。ただし $|\varphi\rangle$ を固有ベクトル、 $λ$ を固有値と呼ぶ。
固有値と固有ベクトル
(1)式は演算子 $\hat{A}$ を非零ベクトル $\boldsymbol{0}$ のベクトル $|\varphi\rangle$ に作用させたときに、作用後のベクトルが元のベクトル $|\varphi\rangle$ のスカラー $λ$ 倍になっていることを示している。つまり固有値 $λ$ を求めることで、演算子 $\hat{A}$ の拡大率を測ることができるのだ。
また(1)式は $\hat{I}$ を恒等演算子として
$$(\hat{A}-λ\hat{I})|\varphi\rangle=\boldsymbol{0} \tag{2}$$ と変形できる。よって(2)式を満たすには $|\varphi\rangle≠\boldsymbol{0}$ であることから、(2)式を満たす固有値 $λ$ は
$$|\hat{A}-λ\hat{I}|=0 \tag{3}$$
を解くことで求められる。(3)式は固有方程式と呼ばれ、代数学の基本定理により線型演算子 $\hat{A}$ が $n$ 次正方行列の場合には $n$ 個の複素数解が存在する。
よって(3)式を解くことで $n$ 個の固有値が存在する。今この中に $r(≤n)$ 個の異なる固有値 $λ_i$ が存在するとする。また固有値 $λ_i$ について $m_i$ 個の重解が存在しているものとする。このとき $m_i$ の総和は解の個数 $n$ 即ちベクトル空間 $V$ の次元に等しくなければならないので
$$m_1+m_2+\cdots +m_r=n$$
を満たす。
よって固有値 $λ_i$ について(1)式は
$$\hat{A}_{ij}|\varphi_i\rangle=λ_iδ_{ij}|\varphi_i\rangle \tag{4}$$
となる。(4)式は特定の固有値 $λ_i$ における(1)式を表現していて、(4)式を固有ベクトル $|\varphi_i\rangle$ について解くと、任意の複素数 $α_i^{i_j}$ と単位ベクトル $|e_i,i_j\rangle$ 用いて
$$\begin{align*}
|\varphi_i\rangle
&=α_i^1|e_i,1\rangle+α_i^2|e_i,2\rangle+\cdots +α_i^{m_i}|e_i,m_i\rangle\\
&=\sum_{i_j=1}^{m_i}α_i^{i_j}|e_i,i_j\rangle
\end{align*}\tag{5}$$
のように複数の単位ベクトルの線型結合によって書き表される。ここで単位ベクトルの個数とは考える固有値 $λ_i$ における重解の個数 $m_i$ となる。
ここで以降特に断りがない場合には固有ベクトル $|\varphi_i\rangle$ は規格化されているものとする。
ところで線型演算子 $\hat{A}$ が正規演算子
$$\hat{A}^*\hat{A}=\hat{A}\hat{A}^*\tag{6}$$
のとき、線型演算子 $\hat{A}$ はユニタリ演算子 $\hat{U}$ によって対角化可能であることは一般に知られている。そのため(5)式は得られる固有値 $λ_i$ の重解の個数 $m_i$ だけ規格化された基底の線型結合によって書き表されるのだ。
固有空間
ここで一般に $\boldsymbol{0}$ を含む固有ベクトル $|\varphi_i\rangle$ による $m_i$ 次ベクトル空間を固有空間 $ν_i$ という。またヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ は $r$ 個の部分固有空間の直和
$$\mathcal{H}=ν_1\oplus ν_2\oplus \cdots \oplus ν_r$$
として表すことができる。ただし互いの部分固有空間 $\nu_i$ は一般に直交しているとは限らない。
そこで今考えている線型演算子 $\hat{A}$ を正規演算子であるとする。このときユニタリ演算子 $\hat{U}^{i,i_j},\hat{U}^*_{i’,i’_{j’}}$ によって
$$\hat{U}^*_{i’,i’_{j’}}\hat{A}\hat{U}^{i,i_j}=(λ_{ii’}δ_{ii’}δ_{jj’})_{i’,i’_{j’}}^{i,i_j} \tag{7}$$
のように対角化行列 $(λ_{ii’}δ_{ii’}δ_{jj’})_{i’,i’_{j’}}^{i,i_j}$ で表現される。
ただしユニタリ演算子 $\hat{U}^{i,i_j}$ は
$$\hat{U}^{i,i_j}=\begin{pmatrix}
|e_1,1\rangle && \cdots && |e_1,m_1\rangle && \cdots && |e_r,1\rangle && \cdots && |e_r,m_r\rangle
\end{pmatrix}\tag{8}$$
$$\hat{U}^*_{i’,i'{j’}}=\begin{pmatrix}
\langle e_1,1| \\ \cdots \\ \langle e_1,m_1| \\ \cdots \\ \langle e_r,1| \\ \cdots \\ \langle e_r,m_r|
\end{pmatrix}$$
のように各部分固有空間 $ν_i$ における基底 $|e_i,i_j\rangle$ を列に取る。よって $n$ 次元のベクトル空間 $V$ は完全正規直交系となる。 即ち $n$ 個の基底 $| e_i,i_j\rangle$ は規格化直交条件
$$\begin{align*}
\hat{U}^*_{i’,i’_{j’}}\hat{U}^{i,i_j}&=\langle e_{i’},i’_{j’}|e_i,i_j\rangle^{i,i_j}_{i’,i’_{j’}}\\
&=(δ_{ii’}δ_{jj’})^{i,i_j}_{i’,i’_{j’}}=\hat{I}
\end{align*}
\tag{9}$$
と、更に完全性
$$\begin{align*}
\hat{U}^{i,i_j}\hat{U}^*_{i’,i’_{j’}}
&=\sum_{i,i’=1}^r\sum_{i_j,i’_{j’}=1}^{m_i}|e_i,i_j\rangle\langle e_{i’},i’_{j’}|δ_{ii’}δ_{jj’}\\
&=\sum_{i=1}^r\sum_{i_j=1}^{m_i}|e_i,i_j\rangle\langle e_i,i_j|\\
&=\hat{I}
\end{align*}\tag{10}$$
を満足する。(9)式については、各要素で基底の内積を行った結果対角成分のみが残り、その値は全て $1$ になる。
また(10)式について
$$\begin{align*}
\hat{U}^{i,i_j}\hat{U}^*_{i’,i'{j’}}&=
\sum_{i=1}^r\sum_{i_j=1}^{m_i}|e_i,i_j\rangle\langle e_i,i_j|\\
&=\sum_{i=1}^r\hat{P}_i=\hat{I} \tag{11}
\end{align*}$$
と置くと、 $\hat{P}_i$ はヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ における射影演算子となる。
少し休憩
本記事では線型演算子の特徴を測る1つの指標として固有値と固有空間を紹介した。次回以降ではこれらを用いて線型演算子を解析する。
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